アクティブラーニング講師藤井すぐるの「一度ぐしゃっと潰れたらいいんちゃう?」

教育コンサルタント藤井すぐるによるブログです。関西在住。

阪神大震災から21年 「忘れないで」ともす未来

阪神大震災から21年 「忘れないで」ともす未来
http://news.livedoor.com/article/detail/11072847/

阪神大震災から21年 神戸・東遊園地に「未来」の文字が浮かぶ(画像集)
http://www.huffingtonpost.jp/2016/01/16/hanshin-earthquake-21-years_n_9001310.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001

阪神・淡路大震災から21年 復興願い中州に「生」の文字
http://www.huffingtonpost.jp/2016/01/16/hanshin-awaji-21_n_9001258.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001

僕たちの阪神大震災ノート
http://home.kobe-u.com/sinsai/


今日で阪神淡路大震災から21年
このとき、僕は小学生でした。
小学生だった僕は何が起きたのか、テレビに映る映像がまるで現実のものでないという印象を受けていたのだと思います。
ぼくは小学生で、隣で寝ていた母親が、棚から本などが倒れてきても大丈夫なように上に多いかぶさってきてくれた記憶ぐらいしかありません。

今の僕の生活から、あの悲惨な自然災害のことは想起されることはほぼないと言っていいでしょう。
これが風化するということなのでしょう。
風化が悪いことではありません。人は忘れる生き物です。
しかし今日は震災のことを意識したいと思います。


震災を経験した友人に当時の様子を教えてもらいました。
普段はそんな話はしないのですが、今日は特別です。


団地だったので、潰れなかったが、窓ガラスは割れて、家具はぐしゃぐしゃに散った。
一晩は家にいたが、寒かったので、小学校の体育館に避難した。
家族4人に約2畳ほどのスペースが与えられた。
小学校も寒かったので、結局自宅に帰り、ガムテープや段ボールなどで修繕して風をしのいだ。
震災後、一週間は水が止まって、その間は兄が2時間かけて歩いて井戸水を取りに行っていた。
近所に住んでいる親戚とその友達夫婦が、家が半壊状態になり、一晩泊まりに来て、ご飯を食べさせてあげた。これは他の家庭でもよくあった。
近所の八百屋が冷蔵庫が潰れたからと、無償提供してくれたものを食べていた。
水が出ないから洗い物をするのに、河川敷まで行ったことがある。
近所に地下水から蛇口を引いている家があるという情報を聞き、みんなそこで洗い物を行っていた。
今でこそ、スマホが発達しているので、安否確認も情報の交換も簡単になったが、当時はスマホどころか、携帯電話すら発達していなかったので、各家庭の固定電話しかなかった。その回線も地震でダウンしてしまい、安否確認も大変だった。


今では考えられない生活です。
その友人は、20年前なので今より人情が厚く、助け合いが多かったとも言っています。
協力するしかなかったという事情もあるでしょう。

今ある、僕たちの生活はこの地震の上に成り立っています。
僕たちが当然のように受ける今日、明日という時間は、
震災で亡くなった人が願っても叶わなかった未来です。
今ある生は当然のものではありません。
地震にも負けない強い心を持って、亡くなった方々の分も毎日を大切に生きていきましょう。
今日という1日を無事、終えることができることに感謝して、明日を迎えましょう。
R.I,P.

では


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